植物園で撮影しました。
「すべてが他国から来た者同士のサッポロの街に、ライラックはよく似合う。それは菊でも桜でもいけない。
明治に築かれたサッポロは、紫色の冷え冷えとしたリラでなければ似合わない。
ライラックを見ながら有津はそんなふうに思う。」
小説「リラ冷えの街」の中に出てくる一節で、北海道北大植物園の研究室に勤めている
主人公の有津京介のセリフです。
昭和46年5月に河出書房新社より発行された小説、渡辺惇一著書「リラ冷えの街」から引用しました。
この小説は昭和45年の7月〜46年の1月までの間に、北海道新聞の日曜版に連載された新聞小説です。
妻子がある30代後半の男性が運命的な女性と出会い、そして別れの恋愛小説ですが、
小説の場面ごとに札幌の街が細かく描写されています。
主人公、有津京介が宗宮佐衣子と出会った後に関係を深めていく最初の場面は
北海道北大植物園(北海道大学付属植物園)です。
「正面の白い肌のブナの樹の先の樹木側から自然林へ向かう小路を一人の女性が歩き、その横に八、九歳の
少年が従っている。樹林の間を女と子供の姿が切れ切れに移動する。斜陽に女の後ろ半分は明るく前半分は暗く
翳りになっていた。宗宮佐衣子ではないか・・・・」
植物園は札幌駅近くにあり、園内は自然の森に入り込んだような静けさがあります。
そこには明治の頃にニューイングランドから持ち込まれたライラックが植えてあり、
北海道の樹木を代表するハルニレも、うっそうとした林から突き出ています。
(楡、またエルムとも呼ばれています)
小説最後の場面は大通公園を西に向かって歩き、それぞれの生活を選び別れます。
「佐衣子の白い後ろ姿がリラの花に見え隠れしながら遠ざかり、角を曲がった。それを見届けると有津は
一度うなずき、それからゆっくりと佐衣子と別の方角へ歩き始めた。
夕闇の迫ったリラの樹影にはすでにかすかな底冷えがあった。」


小説「リラ冷えの街」、その世界を和紙絵で
表現しました。
ライラックは札幌市の木に選ばれており、5月中旬
頃には花が咲き始めます。
「さっぽろライラックまつり」の催しで大通公園は
賑わい、この季節に街は甘酸っぱい香りに包まれます。
英語名の「ライラック」といえば、真っ青な空に
赤紫の花びらが重なり合う明るいイメージですが、
一方、フランス名の「リラ」は、夕暮れに幽かに咲く
冷え冷えとした感覚があります。
「リラ冷え」は作家渡辺惇一氏がつくりだした
言葉です。
和紙絵では、小説の場面を大通公園に設定しました。
リラの花が咲く夕暮れの大通公園、新しい生活を求めて
信号を渡る佐衣子に対し、信号前で立ち止まる有津。
遠ざかる佐衣子を目で追いながら、日常的な安住の
世界、家族との生活に戻ることを決心した主人公を
信号で切り分けました。
10号で描き、完成に7ケ月かかりました。